親が「病院行かない」「薬飲まない」…離れて暮らす娘の心がすり減る前にできること
「風邪がひどい」「血圧が高い」って言ってるのに、病院へ行かない。薬も飲まない。
「自分で治すから大丈夫」なんて強がる。
——ほんとうに大丈夫?
そう思って、胸がざわつく夜がある。
特に、遠く離れて暮らしていると「もし倒れてたら」「連絡がつかなかったら」って、小さな不安が、日常の影にいつもいる。
親のことは大切。だけど、言えば言うほどイライラしてしまう、あのジレンマ。
「なんで病院 行かないの?」
「薬飲んでよ」
そう言っただけで、不機嫌になられたり、
逆ギレされたり、黙り込まれたり。
——本当はケンカしたいわけじゃないのに。
そんな葛藤を抱えながら、
今日も「まぁ大丈夫ならいいか」と電話を切る。
これ、あなたのせいじゃありません。
私も、まったく同じ思いをしてきました。
なんでこんなに心配してるのに、私の言葉はスルーされるの…?
その気持ち、すごくわかります。
心配を飲み込むと、胸にモヤっと曇りが出るよね~。
曇りどころか、暴風雨ですけど!?
親が「病院行かない」背景には、世代独特の「誇り」がある

親が病院に行かないのって、
意地や頑固さだけではないんですよね。
昔の医療体験への不信感。
「病院は重症の人が行く所」という感覚。
「私はまだ大丈夫でいたい」というプライド。
弱さを見せたくない気持ち。
そして、
わからないことを認めたくない不安。
特に昭和世代には
“強く見せることが美徳”という価値観があります。
わたしの祖母もそうでした。
葛飾の古い借家、窓から「お醤油貸して〜」と
隣のおばさんが顔を出すような下町で暮らしていた祖母。
優しさも厳しさも、濃かった。
風邪をひいた祖母がよく言っていました。
「寝てりゃ治る。病院なんて行くもんじゃない」
今なら思う。
あれは“強く生きてきた誇り”だったんだ、と。
でも家族としては、
その誇りに振り回される瞬間がある。
強さは尊い。でも医療は進化するのよ~
祖母世代…強かったですね。いや、強すぎた?
うちの義母は「病院行くと◯ろされる」って言ったりするなぁ。
でた!あるある…!
「病院行かない」親にイライラする前に——役割を言葉にする

正論で詰めると、だいたいこじれる。
それは、相手が悪いんじゃなく、
老いの不安を認めたくないから。
だからこそ、
「言う」より「役割を言葉にする」ほうが伝わります。
私はあなたの人生を管理したいんじゃなくて、
あなたが無事でいてくれると安心なんだよ。
「監視したい」ではなく
「安心させてほしい」。
ここが大事だったりするんじゃないかなあと思います。
「安心させてほしい」って言う勇気ないかも!
最初はLINEの下書きに保存しとくだけでも◎じゃないでしょうか。
言えない日は、言わない選択もまた愛…
「病院行かない」親への声がけ例:命令ではなく“願い”にする

❌NG
- 「ちゃんと病院 行けってば」
- 「薬飲まないならもう知らない」
✅OK
- 「心配だから、診察だけでもしてほしい」
- 「迷った時は、電話相談もあるみたい」
命令ではなく、願い。
強さではなく、あたたかさ。
それでも「病院行かない」なら——距離を整えながら見守る

どれだけ言っても動かないとき、
「もう勝手にして…」って言いたくなる。
でも、その一言のあとに、
罪悪感が追いかけてくるんですよね。
放っておくのも怖いし、関わるのもしんどい…
そのジレンマ、普通です。
あなたが冷たいんじゃありません。
ゆるく見守りつつ、
必要な時に手を差し伸べる距離でいい。
「病院行かない」親との距離感に、第三の選択肢がある

自分で言うと角が立つ。
でも、黙ると不安だけ残る。
そんな時、
第三者が“やんわり取り次ぐ”という手があります。
私自身、家族のことで大喧嘩になった時、
助けてくれたのは義妹でした。
血より「距離」の近さが、
話をやわらかくしてくれたんです。
家族ってときどき、
間に人がいたほうがうまくいく。
それは甘えでも逃げでもなく、
あたたかい関係を守る技術 だと思います。
まとめ:親が病院行かない時も、自分を責めないで

- 親の「行かない」は世代の誇りと不安
- 正論より、役割の言語化が効く
- 願いとして伝えると、関係が壊れない
- 1人で抱えず、“人の力”を借りていい
- 距離の取り方にも、やさしい選択肢がある
あなたは冷たい娘なんかじゃない。
誰より、親を思っているから悩んでいるんです。
もし、
「直接言うとこじれる。でも心配は消えない」
そんなときは、
誰かがそっと“意図”を運び、
親御さんにもあなたにも安心が届く形があります。
必要な時は、お醤油を借りにいくみたいに
気軽に頼ってくださいね。
——となりの取次屋は、
家族の間に、あたたかい風を通します。
……私、ちゃんとした娘でいなきゃって、ずっと力入れてました。
うん。その頑張り、誰が見てなくてもちゃんと本物ですよ。
でも、距離を置くと冷たい人みたいに思われそうで。
ちょっと離れるのって、逃げじゃなくて呼吸 ですよ。苦しくなったらいったん離れるのが自然です。
呼吸…か。そう思うと、少し気が楽です。
ゆっくりでいいんです。がんばる日とがんばらない日。その繰り返しが、家族との関係をやさしく続けてくれますよ。
