<中編>立てば猛獣使い、座れば変人担当、歩く姿は爆弾処理班

wakemi
わけ美
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それでは中編です。

結婚を促す親にうんざり。「出家」と検索する毎日

20代は仕事に没頭していました。

人材派遣会社では
求職者の希望を電話でヒアリングし、
営業担当へつないでマッチングさせる仕事。

秘書の仕事では、
気難しい80代の社長と
50代の跡取り息子のあいだに立つような場面も多く、
それぞれが話し相手として重宝してくれました。

今思えばこの頃から、
私は自然と
人と人のあいだに立つ役割をしていたのかもしれません。

アラサーに差しかかる頃、
状況が少し変わりました。

それまで

「男女平等に高みを目指して学び働け」

と言っていた親が、突然

「良い妻、良い母になりなさい」

と言い始めたのです。

実家暮らしだったこともあり、
逃げ場はありません。

しょっちゅう言い争いになっていました。

結婚しないで済む方法はないだろうか。

そんなことを本気で考えて、
出家や教会のシスターになる方法を
ネットで検索する毎日。

さすがに耐えられなくなり、
私は仕事を辞めて
東京へ行くことにしました。

無計画な上京に大反対する両親と、
それでも出て行くと言って聞かない私。

そのあいだを取り持ってくれたのは
義妹(弟のパートナー)でした。

「私は家族だけど、他人だから。
話すのも気が楽でしょ」

私は家族だけど、他人だから。
話すのも気が楽でしょ!

その言葉どおり、
彼女が間に入ってくれたことで
両親との関係はこじれずにすみました。

今思えばこれも、
第三者が入ることで関係がほどけた出来事
だったのだと思います。

赤坂にどっぷりの30代

あてもなく上京したアラサーの私は、
レストランウェディングの司会業で
食いつないでいました。

複雑な事情で結婚に至った夫婦。
会話が成立しない親子。

いろいろな家族に出会う中で、
私の家族観は
少しずつ変わっていきました。

上京2年目。
知り合いの紹介で
契約OLの仕事を紹介してもらえることになります。

赤坂にある広告代理店の
システムヘルプデスクでした。

変わり者の局長が、
「YouTubeの結婚式動画の見よう見まねで
フリー司会者をやっている」

という私の経歴を
おもしろがって採用してくれたらしいのです。

仕事は、
社内のPCが苦手な人からの問い合わせや
システム不具合の報告を電話で受け、

操作をサポートしたり
専門の技術者へ引き継ぐというもの。

ただし、
私はITの経験がまったくありませんでした。

最初は本当に大変でした。

問い合わせ電話、社内クレーム、操作説明。
過去のQ&Aをブツブツ暗唱し、
家の壁には業務フロー図を貼りまくり、
必死で覚えました。

ヘルプデスクは
社内のイザコザの最前線でもあります。

他部署に知り合い(味方)を増やすため、
休憩スペースや喫煙所で
おじさん上司たちに声をかけまくり、
飲み会にも顔を出しました。

当時の代理店はまだ華やかで、
夜になると
誰かについていけば
毎晩でも美味しいごはんが食べられました。

そんな生活の中でふと思いました。

わけ美
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朝から晩まで赤坂にいるなら
いっそ住めばいいんじゃない…?

通勤時間と交通費を浮かせるため、
私は赤坂に住み始めました。

数年経つと、
自分の役割が少し見えてきました。

それは
異なる価値観の仲立ちをすること。

私の仕事は
単にPC操作を教えることではありません。

例えば、こんな流れです。

ヒアリング

PCが苦手だったり
システムに不満を持つ人の

「仕事がうまくいかないイライラ」

を否定せずに受け止めます。

エスカレーション

起きている事象を整理し、
技術者の言葉に変えて
開発エンジニアに伝えます。

返ってくる答えは
専門用語だらけです。

とりつぎ

その内容を、
PCが苦手な人にも分かる言葉に変えて
伝えます。

つまり私は
翻訳係のような役割でした。

専門知識がない私だからこそ
できる仕事なのかもしれない。

そう感じるようになりました。

気付けばヘルプデスク歴10年

「次はもう少し、もっと良くしよう」

そう思いながら挑戦を続けていました。

失敗して落ち込んでも、
なぜか辞めませんでした。

気づけば
10年経っていました。

こういうのを
「向いている仕事」というのかもしれません。

私の強みは、
変わり者と呼ばれる人の話し相手や
少し難しい出来事の解決が得意なことでした。

根気強く丁寧にサポートするので
効率は決して良くありません。

でも、最終的には
丸く収まる。

だからなのか、
面倒なケースは
いつも私のところに回ってきます。

「わけ美さん、何とかしてー!」

そんな声が増え、
私はいつの間にか

爆弾処理班

と呼ばれるようになっていました。

さらに、
気難しいと評判の上司とも
なぜか会話が弾むので、

取引先のSEさんたちからは
こっそり

猛獣使い

と呼ばれていたらしいです。

ヘルプデスクの仕事を続けるうちに、
赤坂での生活も
10年近くになっていました。

赤坂というと
テレビ局や韓流グルメのイメージが強いですが、

実は庶民的な住宅街も多く、
江戸時代から続く町会の文化が残る街です。

人の距離が近く、
あたたかい人間関係の中で暮らしていました。

町会の飲み会で
今の夫に出会い、結婚。

近所の美容室で
白無垢の着付けをしてもらい、
赤坂の神社で式を挙げました。

こうして私は
赤坂という街にも
すっかり根を下ろしていきました。

<後編>どん底ワーママからの復活。世代をつなぐ取次屋へ に続く。

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<前編>リアルこち亀な父の家、戦死者が多い母の家
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<後編>爆弾処理班だった私が、取次屋を始めるまで
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おすそ分け

3分でできる小さな診断

なんで毎回こうなるの?

同じことで傷ついたり
うまく伝えられなかったり
いい感じだったのに流れが止まったり。

それは
子どものころから使ってきた
「心の道具」が動いてるだけかも。

🟡 座布団タイプ
役に立とうと頑張りすぎる

🔴 ラジカセタイプ
伝えるのをあきらめる

🟢 湯呑みタイプ
失敗を避けようとする

🟣 お菓子缶タイプ
甘えたい気持ちをしまいこむ

なんで毎回こうなるの?
の正体がわかります。

わけ美
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おしゃべり代行
Profile
家族や身近な人とのやりとりで 「ちょっと困ったな」というとき 間に入って言葉や気持ちを取り次ぎます。 親子・パートナー・職場—— うまく伝わらない どう言えばいいかわからない。 そういう場面で、一緒に考えます。 下町の長屋みたいな距離感で 「ひとりで抱えたくないこと」を 誰かに渡せる日常を目指しています。 大阪芸術大学放送学科卒。 司会・ヘルプデスク歴15年以上。 聞くこと・間に入ることが、 ずっと仕事の真ん中にありました。 好きなもの:演劇、着物、豚汁。
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