<中編>立てば猛獣使い、座れば変人担当、歩く姿は爆弾処理班
取次屋のわけ美です。
2024年1月、家族がお互いの価値観を受け入れて暖かくつながるための「意図電話」というコミュニケーション代行を始めます。
このWEBサイトに辿り着いて下さった方に、わけ美が始める個人事業について少しでも興味を持ってもらえたらと思い、私の生い立ちから「取次屋」誕生までについて書きました。
<前編><中編><後編>を通して読めば、なるほどね!と手を打って笑っていただけるはずです。最後までお付き合いくださいませ。
それでは中編をどうぞ。
結婚を促す親にうんざり。「出家」と検索する毎日
20代は仕事に没頭した。
人材派遣会社では求職者の要望を電話でヒアリングし、それを営業担当者へ繋いでマッチングさせる役割を評価された。また、秘書の仕事では、気難しい80代の社長と50代の跡取り息子のそれぞれが、話し相手として重宝してくれた。
アラサーに差しかかると、
親からの結婚を促すプレッシャーに悩まされるようになった。
これまでの「男女平等に高みを目指し学び働け」という言葉から一転し、良き妻良き母になれとの圧力に戸惑った。実家に住んでいたので逃げ場がなく、しょっちゅう言い争いになっていた。
結婚しないで済む方法はないかと考えて、
出家や教会のシスターになる方法を本気でネット検索する毎日。
耐えられなくなった私は、仕事を辞めて東京へ行くことにした。
この時、無計画な上京に大反対する両親と、出て行くと言って聞かない私の間を 取り持ってくれたのは、弟の奥さんだった。
「私は家族だけど、他人だから。話すのも気が楽でしょ」
そう言って彼女が仲立ちをしてくれたことで、両親と私の関係はこじれずにすんだ。
赤坂にどっぷりの30代
あてもなく上京したアラサーの私は、
レストランウェディングの司会業で食いつないでいた。
複雑な事情で結婚に至ったご夫婦、会話が成立しない親子など、いろんなご家族と関わった経験は、私の家族観に影響を与えたと思う。
上京2年目、知り合いから契約OLの仕事を紹介してもらえることになった。
赤坂にある広告代理店での、システムヘルプデスクだった。
変わり者の局長が 「YouTubeの結婚式動画の見よう見まねで、フリー司会者をやっている」という 私の経歴をおもしろがって採用してくれたらしい。
その仕事は、社内のPCが苦手な人からの問い合わせや、システムの不具合報告を電話で受けて、 操作をサポートしたり専門の技術者へ引き継ぐというものだった。
しかし、実は私はシステムやITの経験が全くなく、最初は慣れるのに苦労した。
最初の1年は、問い合わせ電話や社内クレームに対応するだけで精一杯だった。過去のQ&Aをブツブツと暗唱したり、家中の壁に業務フロー図を貼って頭に叩き込んだ。
ヘルプデスクは社内のイザコザの最前線でもあるので、 他部署に知り合い(味方)を増やすため、休憩スペースや喫煙所で おじさん上司達に声をかけまくり、飲み会に呼んでもらった。
(当時の代理店はまだ華やかで、夜になるととりあえず誰かについて行けば、毎晩でも美味しいごはんが食べられた)
「こんなに朝から晩まで、赤坂にいるんだからいっそ・・・」と思い、
通勤時間と交通費を浮かせるため、私は赤坂に住み始めた。
数年経つと、自分の果たすべき役割が少し見えるようになった。
人間関係がこじれないよう、異なる価値観の仲立ちをすることが求められている!
PCが苦手だったり、システムそのものに不満を持つ人の
「仕事がうまくいかないイライラ」を否定せず受け止める。
事象を整理し、技術者目線の言葉に変えて、開発エンジニアなどに伝える。
専門用語で返答が返ってくることが多い。
PCが苦手な人に寄り添った言葉に変えて、伝言したりフィードバックする。
専門知識がない私だからこそできる仕事なのかもしれない
と感じるようになった。
気付けばヘルプデスク歴10年
- 次はもう少し、もっと良くしよう、と思いながら挑戦を続けられた。
- 敗しても、ひどく落ち込んでも、なぜか辞めなかった。
- 気付いたら10年経っていた。
こういうのを「向いている仕事」というのかもしれない。
さらに、私の強みは 変わり者と呼ばれる人の話し相手や、少し難しい出来事の解決が得意なことだった。根気強く丁寧にサポートするので効率は悪いが、丸く収まるので結果的に喜ばれた。
「わけ美さん、何とかしてー!」
…と面倒なケースを任されることが増え、ヘルプデスクの爆弾処理班と呼ばれていた。
また、気難しいと評判の上司でも私となら話が弾むので、取引先のSEさん達からはこっそり猛獣使いと称されていた。
ヘルプデスクの職歴と共に、赤坂での生活も10年近くになっていた。
赤坂というとTBSや韓流グルメのイメージが強いが、実は庶民的な住宅街も多い
江戸時代から続く町会の機能が残る地域で、あたたかい人間関係にどっぷり浸って暮らしていた。
町会の飲み会で今の夫に出会い、結婚。
近所の美容室で、白無垢の着付や髪結いをしてもらって、赤坂の神社で式を挙げた。
<後編>どん底ワーママからの復活。世代をつなぐ取次屋へ に続く。
シニア親にプレゼントしたい
60代からの困った!を解決する
「わたしのスマホ手帖」
シニアの「説明書を読まない・覚えない」には理由がある!
と気付いた著者:わけ美(ヘルプデスク歴15年)が、親からのスマホSOS電話を減らすために作った、圧倒的シニア目線の虎の巻。
親世代を「自分で出来た」へ導きます。
大事だからこそ、いい距離で、暖かく、いい関係でいよう。